田舎の息苦しさと、都会の息苦しさは違うよね
田舎の息苦しさと、都会の息苦しさは違うよね
かつて私は群馬に生まれた
お疲れ様です、pontaです。
私は群馬の村落に生まれ、まごうことなき田舎者として育ちました。
車とヤンキーとカエルが幅を効かせる山岳地帯。20時には村が寝る暗闇の中、スマホなんてものも当時はなく、私は本とマンガで青春をすりつぶしていました。
いじめられるでもなく、かといって陽キャでもなく。恋愛するにも男子校。おいどうなってるんだ。
ラジオから聴こえるDJの声だけが都会への扉。医者を目指すほど頭が良くなく、高卒になるほど成績も悪くなく。
父母の喧嘩の声をBGMに、なんとなく東京の大学へ行くんだという出口に向かって時間が過ぎていきました。
家から出れば、知り合いの爺ちゃん婆ちゃんが畑から話しかけてくる。
家に帰れば、採れたての枝豆が玄関に置いてある。黙っていても夕飯にはその枝豆が茹でられて、出てくる。
食卓の話題はよく知らない村民の湿った人間模様。
他人に食わせてもらうだけの、人生でいちばんラクな日々。
クラロワのプロ選手が輝いている年頃に、20年前の私はなんでもない、誰でもないただの高校生でした。
悪事をすれば知れ渡る。いい高校に行けば噂になる。親の人間関係が、子に響く。田舎の息苦しさにたまらず、私は19で家を出ました。
そして私は上京をした
東京での生活は私の性に合っていました。溢れる書店。演劇。そして若者。
玄関先に枝豆が置かれることはなくなったものの、それ以上のものを私は手に入れました。
しかし都会での私は、田舎にいたときに輪をかけて、なんでもない奴でした。
有り余るチャンス、才能あるライバル、想像を絶する多様性。美男や美女。シャレオツタウン、成功者。
新宿や渋谷や神保町や池袋、街の全てがプレッシャー。
「ponta、人生の答えを出せ、お前に生まれた価値はあるのか」と東京は私に問いかける。常に。きっつー。
今、ここにいる日々
どうなんでしょう。田舎は田舎で、狭い人間関係とチャンスのなさに息苦しかったですけれども、都会は都会で、「意識高く生き急げ、止まると死ぬぞ」と言われ続けるような息苦しさがありました。
どちらもきっと、錯覚なんですが。
でもその錯覚のおかげで私はきっと、勝てないまでも死なないようには生きてこれたわけかなあと思っています。
田舎でもがいていたころ、そして東京でおぼれそうになっていた当時の自分にもし会えたら。そして今もがいている若い人に伝えるとしたら。
「まあ、気楽にいこうぜ、いま俺は東京で、スーパーの枝豆を家族と食ってるよ」って感じですかね。
以上、よろしくお願いします。
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