上司や部活の監督の「イケてる」「イケてない」の違いとは

上司や部活の監督の「イケてる」「イケてない」の違いとは

久しぶりに元同僚と飲みました

お疲れ様です、pontaです。

転職して2か月がたちました。早いのか遅いのか。遅いのか早いのか。知ったこっちゃないんですけど(投げやり)。

とはいえちょっと時間が経ったということで先日、前の同僚と飲みました。

立場は変われど、職場は変われど、なにも変わらぬ、お互いの絆。

アップデートしない、オレとあんたの確認作業。

死線を超えた仲間たちとの邂逅です。

「久しぶりだな。ponta」

「お疲れちゃんです!」

「お前が辞めてからさ、気になってたんだよな。ずっと一緒に飲みたかった。」

「おっしゃる通りオブおっしゃる通り。もうちょっと早く会いたかった説まである。」

「お前、使う言葉が急に、若いな…。」

言葉遣いがアップデートされておりました。申し訳ない。ドズルが悪いよドズルがー。

イケてる上司と、イケてない上司の特徴

まあ、辞めたとはいえ、前の会社は好きでした。とくに一緒に働いている仲間たち。
辞めるとき、泣いちゃったもん。思わず。

そこでこぼされる、イケてない上司たちの愚痴。

「あの人、あのままかー」みたいな。

そこで思い出したんですが、イケてない上司の特徴って、なんていうか「人手」を「お金」に換算できない人だったなと

例えば、「資料を作るぞ」というときに、イケてない上司はスーパー作り込まれたものを求める。

イケてる上司は「そこそこでいいぞ」という。

なので、出てくるアウトプットの質は、イケてない上司のところのほうが高かったりします。

「じゃあイケてない上司のほうがいいじゃないか」って思いがちですが、その裏で、部下が長時間労働で死んでいたりします

あるいは無駄に複雑な工程にしてミスを起こしたり、他のやるべき周辺雑務を増やしたりしています。

「がんばる」は有限の資源なんですよね。

イケてる上司は、そのぶん、真の頑張りどころにパワーやリソースを集中する。

「いや当たり前やん」と言われるかもしれませんが。

「がんばればクオリティが良くなる」VS「普通にやってクオリティはそこそこ」という選択肢があったとき、イケてない上司ほど「頑張る」「残業させる」を選びがちだなと。「根性で頑張る」「人手をかける」を四次元ポケットから湧き出す魔法の道具のように便利使いするんですよね。

いっぽうイケてる上司は、クオリティを上げるべきシーンで、予算を引っ張ってきたり、人を雇ったり、そっちで解決しようとする。

予算は増えないよ!ってときは、別の無駄を切り捨ててリソースを集中する。その違いはありますよねえ。

「頑張る」は一見便利だけど

「頑張る」は一見便利だけど、長続きはしないんですよね。無料にみえて、実は高コスト。

日本人は、って言い方は嫌いなんですが、日本人は「現場で頑張ってなんとかしちゃう」から、上司がポンコツでも、制度が疲労してても、一見なにごともなく運用しちゃう。

でも「頑張る」って実は、お金に換算にして考えるべきリソースであり、それに頼ったマネージメントはクソだなと。

元同僚の話を聞いて、思うなり。

世の中をみわたしても、オリンピックも甲子園も「頑張る」でカバーしちゃってる、しようとしている事案が多くて、なんだかなあと。

それは実は、安いように見えてすごく高いお金を支払ってるんだってことを関係各位は自覚してほしいまであります。

もちろん、その頑張りに見合った対価があれば合理的なんですけどね。人件費が固定だからとりあえず頑張らせる、って上司は何なんだろうって思います。

そんなようなことを同僚に話したら、「pontaがアップデートされてる」と言われました。

これもまた、ドズニキの影響かもしれませんな。

以上、よろしくお願いします。